自転車ツーリング再生計画/よもやま話 2001/4/8作成

私の自転車ツーリングの原点

自転車ツーリングの魅力を語るとき、なぜ私が自転車ツーリングを始めたのか?を省略することはできません。ホームページに書くべき内容ではないのかもしれませんが・・・(^-^)。

1972年8月
1972年の夏。場所は十和田湖の南、発荷峠。大きく広がる青い十和田湖を前にただ感動している一人の少年がいました。少年は高校2年生。少年はその日の早朝、三戸の駅に夜行列車から降り立ち、おぼつかない手付きで自転車を組立て、生まれて初めてのツーリングに一人旅立ったのです。十和田までの道は交通量の多い国道で快適とはいえないコースでした。少年にとって、そんなことはどうでもいいことでした。地図を確認し、峠をめざすことしか考えていませんでした。峠までの登りは少年にとってけっして楽なものではありませんでした。少年はそんなことは気にもしていませんでした。こうして一歩一歩登っていけば、いつかは峠にたどり着けると信じていました。やがて、だんだん峠の空が広がってきます。そして大きな青い十和田湖が目に飛び込んできた時、少年は、来た、ここまで来た、自分の力で来た!と叫びだしたいほど嬉しかったのです。

それまで
少年が中学1年の時、自転車で東北一周中の大学生の従兄弟が少年の家に立ち寄りました。汚い格好で、たくさん荷物を自転車に積んで、真っ黒な顔をして、白い歯で朗らかに笑う従兄弟は、少年にはとっても眩しく見えました。ブルーバックス「サイクリング」を本屋で見つけた少年は一緒にいた父に買ってほしいといいました。少年から何かを買ってほしいと言われたことのない父親はビックリしましたが、従兄弟が来た影響だろうと思ったようです。少年は「サイクリング」を隅から隅まで読み、そのまま頭に入れました。30年以上たった今でも思い浮かべることができるほどに。高校2年になったころ、少年は東北単独ツーリングの計画を両親に話しました。両親は青白く、ひ弱で、クソ真面目な息子の言葉にビックリしました。これが大人になるということなのだろうと、了解することにしました。反対していた高校の先生も説得しました。少年がツーリングに行くために買った自転車がアルプスというあたりは後年のヲタクの芽だったのかもしれません。

それから
少年にとって2週間の東北ツーリングはとても大きな転換点になりました。大丈夫だろうか?できるだろうか?と心配するかわりに、なんとかなる!なんとかしてみせる!という自信?姿勢を得たのではないでしょうか。少年は大学に入っても迷うことなく、サイクリングクラブに入り4年間フルに活動し、会社に入っても漂泊の旅をやめず、今は「自転車ツーリング再生計画」を通じて多くの人に自転車ツーリングの愉しみ・魅力を知ってもらいたいと思っています。今でも、あの発荷峠を思い出すと、涙ぐんでしまいます。

少し反省
発荷峠で感動にうち震えている少年の隣りで「まあ、綺麗。」とバスから下りてきた観光客が言いました。少年は不遜にも「バスに乗ってきたあなたには、私の感動を一生味わうことがないだろう。」と優越感に浸っていました。峠から十和田湖を絶景を眺めるためには、バスに乗ってくるしか方法がない人がいること。そういう人に対してこういう感情を抱くことは大変失礼なこと。それに気づくまでにずいぶん長い年月が必要でした。


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